体(命)に正しい快を与え続けるほど幸せになれる

逆に、体(命)に間違った快や不快を与え続けるほど不幸になる、とはいっても、快、不快の感覚に乏しい人、鈍い人は、あるいは普段から意識して生活していない人は、あるいは正しい快を味わったことが少ない人は、何を言っているかわからないと思います。


一言で言えば、正しい快とは整膚をした時、された時に感じる心地良さです。この連続、この追及が本物の真の健康に至れるということが、50年探求してきてわかりました。


1回、2回や数回など、ちょっと体験しただけではわからないです。整膚を毎日続けて何カ月何年、あるいはそれ以上続けていく中で体(命)がより良く変化して、心もより良く変化していくことを実体験することのみによって、わかることです。


だから、長い間正しい整膚をやり続けていない人は、わからないです。整膚をしても効果が上がりにくい人が稀にいます。よくお聞きすると、普段の生活で間違った快や不快を体(命)に与え続けていることがわかります。


押したり、もんだり、長湯や足湯や腰湯を健康法で続けていたり、飲食にこだわり健康になろうとしていたりした場合は、心にストレスをかけたり、体に負荷をかけ続けているため、いくら整膚しても良くなりません。


また、運動、体操など、一見、巷で良いといわれているような運動であったりしても、過負荷になることが多くて、時々それで体を痛めたといってお見えになる方々が多いです。


良い姿勢をといって姿勢にこだわり過ぎることも過負荷につながり、補正下着などで体を締め付けていたり、腸もみなども、先生自らしょっちゅう体調を崩していると本人がブログに書かれているそうです。


すべて、健康に良いからといった知識、理論理屈が先行して、では自分の体(命)がそれをし続けることで何を感じているかといったことを無視している人が少なくないです。このことは、ありとあらゆる人間の活動にも当てはまります。


私の父は全く運動せず、食べ物も適当で、夕方5時半に寝て、朝5時半に起き、シャワーを浴びて、またひと眠りするそうですが、もうすぐ86才で、現役で仕事しています。痛風が出たので一か月酒をやめましたが、肝臓の数値が変わらないので、また飲み始めました。私が時々施術に行き始めたら、痛風は出なくなりました。


自分ではセルフ整膚はやっていません。が、上記のように、よく寝ることなど、やはり快で生きています。過去に2度の胃ガンと圧迫骨折も私の施術が加わることで完治を実現しました。私の施術を受けるのが嬉しそうです。


母は80才で、再婚相手が寝たきりになったので、母が氣功したら歩けるようになりました。さらに整膚をやるようになったら食欲も出て、酒も飲めるようになったそうです。


母は下血と腹痛で何時間もトイレから出れなくなりましたが、私の施術で完治して、便秘が原因だと私が言って、セルフ整膚でその便秘も治り、やはりほとんど運動しませんが、今が母の人生で最高の幸せ状態だと思います。
このように、私は一治療家として身近にいる親を健康に幸せにできていますが、これができていない先生方が多いです。自分と家族がより健康に幸せになれることが、その先生方の仕事の証明です。


私は気性の激しい所があるせいか、サーフィンでどうしても体を酷使してしまう連続でした。だから、へなちょこゆるサーフィン、年寄りゆるサーフィンを目指しています。酷使でなく、できるだけ体(命)が快を感じるサーフィンです。


ボードやウエットスーツ選びも、多くのサーファーが名人達人は別として、たいしてできないのに見栄で高価なウェットスーツや固くて重いボードやブランド品を身につけ、名人達人が入るようなでかくて良い波を目指していますが、私は道具やポイント選びは、これとは全く逆で、へなちょこゆるサーフィンライフを目指し続けています。


このことは人生のすべてに通じます。皆さん、流行っているもの、名が知れたもの、見栄えや外見、ブランド品等々で身を固めて不自由な生き方をされています。


体(命)が固まり続けることで頭、思考が固まるため、例えば、押したりもんだりするのではなく、引っ張るのですと言っても、なかなかこの単純なことでさえ理解できない人々が多いです。


氣が弱っているので、氣を強くしてパワーアップすることを説明し続けても、教室などでも理解できない人々がほとんどです。私はずーっと、体をゆるめることと氣をパワーアップさせることのみが本当の本物の健康に幸せに至れますと言い続けていますが、このことは今も現在進行形で、より向上させながら自分が実体験し続けながら、人に施術指導する仕事をさらにより楽しいものにし続ける努力をし続けてきているから言えるんです。


以上のような説明も、整膚とは快を与えることで、満足を与えることではないという徐堅先生の言葉に通じると思います。


整膚と無の氣功で体(命)に快を与え続けていくことで、治るものは自然に勝手に治っていきます。治らないものはもうしょうがないと諦めることも必要ですが、整膚と無の氣功は常に日進月歩で進化し続けていますので、すべてに可能性を見出す無限の可能性のほうに目を向けましょう。


決して人が人を癒そうとしたり、治そうとしたりする行為は美化できるものではないということが、この体(命)に快を与え続けることで幸せになれることを通して、おわかりになるかと思います。


体(命)に正しい快を与え続けることで、必ず人間関係も快、心地良いものになっていきます。