神氣との繋がりを濃く深くすることが健康と幸せの決め手だった

ということが、2018年の今年が明けてからわかりました。


無の氣功は何もしない、何もない、無私無我無欲の氣功で、自分でもって気を操り、自他の病気を治そうとしたり、人生を良くしようとしたりしない氣功ということで、イコール神氣の氣功となります。


自分で何もしないわけだから、神様がやってくれるんです。逆に、自分で、先生が人の病気を治そうとしたり、人生を良くしようとしたりするほど、神様がやってくれず、自分の力を使ってしまうということが、我々普通の人間の定めです。


昔からの特別に修行されたような特別なお方達とは、我々普通の人間は全く違う状態で生まれ育ちますので、この辺をはき違えて、ちょっとした能力があるからといって自分の力を使ってしまうような癒しを行うことで先生がダメージを食らう実例は、それこそごまんとあります。


これは癒しに限らず、人に指導したり、導いたりすることでも同じなので、人の体を触らないような癒しでもよく起きているのに、皆さんなかなか気づこうとしません。


私の所に現れた、神氣の存在に気づかせようとしてか、たくさんの不思議現象が起き続けています。今も毎日たくさん龍神や妖精などが飛び交う姿を目撃し続けています。


2014年1月20日頃、遠隔中に私の左側から70センチくらいの透明な栗のような形をした宝珠のようなもので、上のほうに光が散らばっているようなものが、スーッと動いて、家の左側の隅に鎮座しました。


当時、正月からイスラム国の問題等で、日本中から不安、心配、恐れの感情が発散されていて、私の心も同じようになっていましたが、その晩、寝たら、何かに包まれるような、ものすごい心地よさが感じられて、心配、不安、恐れの感情が癒されました。


このエネルギーが施術部屋のほうに降りてほしいと思ったら、施術部屋の右端に存在するようになり、ある人に二つあると言われて、手のひらで確認したら、2本の氣の柱が降りてきていました。


2015年3月11日の未明、超リアルな5メートル位の龍神の夢を見て、うろこまではっきり見えて「おらぁ、まだちっちぇかんよ〜」といった私の故郷の大原弁でオジサンの声でささやかれたら、私の心の癒されていない所が急激に癒され、嗚咽して起きてしまいました。普段龍神など考えたこともないので、何が何だかわからなくて不思議でした。


2017年3月19日、夢にオレンジか金色の袈裟のようなものを着たお坊さんたちが何人か夢に現れ、その中の確か一番お年寄りのお坊さんが私に向けて氣を送ったら、私の体が吹っ飛び、ブルブルブルと震えて、急に胸が痛くなり、その後すぐに私の後ろにそのお坊さんが現れ、両手を腎臓の辺りに当てられたら、ものすごく気持ちよくて、涙があふれ、起きてしまいました。


この超リアルな夢の意味もいまだによくわかりません。龍神の夢も余りにリアルだったので、あるとき本屋に行ったら龍神の本があったので購入して色々調べ、CDなどかけたりしましたが、後々それらは龍神様を利用した金儲けだとわかり、そういったことを行っている先生達からは邪気が出ているのがわかり、すべてやめました。龍神様にお願いして氣功などすることにはかなり抵抗があったので、やることはしませんでした。


そして、今年の年末年始に余りにたくさんの神様の導きのようなものが立て続いたため、一言で言いきれませんが、私達の家に現存し続ける氣の柱こそ神氣の柱であることがわかり、神氣の氣功と改名いたしました。


この神氣とは、何も私達だけのものではなく、神氣を発している神社仏閣などや海や山の大自然の中にも存在していると思われますが、特に、私達の家に存在している神氣は癒しに特化したものと思われます。具体的な癒しの仕事に働いてくれます。


そして、整膚への導きと整膚学園そのもの、徐堅先生達、整膚を広めようとされている方達に深く濃く強烈に働いているような感じがしています。


元々氣功をやっていた私が、整膚学園とのご縁を深く濃くすることで神氣が現れ、より私達に強烈に働きかけ、そこを意識するように促されているような感じがしています。そして、この神氣のエネルギーを世の中に広め、世のため人のために仕事するように促されているんだと思います。


ただし、宗教のような組織や団体を作らず、カルトのようなグループも作らず、宗教のような教えや教義も作らず、カルトのような呪文を唱えるようなこともせずに、言葉を重視せず、感覚を研ぎ澄ますことを重視することが必要かと思われます。


この感覚とは幸福感そのものでありますが、幸福感を阻む、自分が自分がとか、私が私がとか、俺が俺がといったような、自分が特殊能力を身に付けた特別な存在であるようなことなど、エゴを肥大させるようなことは慎み、まさに整膚のような、誰でもできるからこそ、そこには愛があるため、それを広めようとすることを重視することに尽きると思うんです。


誰でもでき、その恩恵を受けられることによって多くの人々が救われる可能性がある道を阻むようなことをすれば、神氣とのご縁が切れるでしょう。飲食で健康になろうとすることは、もはや古い価値観の産物になるでしょう。


地球の波動がドンドン上がっていき、人間の神経系統が一新されます。全細胞の振動数も高まる結果、飲食や人間関係や場所などに左右されない、とらわれない、高波動、高エネルギーを常時、間断なく発するような心身に人間改造される人々が、これからドンドン増えていくと思われます。


神氣とのご縁を、繋がりを深く濃くしながら整膚をし続けていくことが、どんな人もすべての人が健康に幸せになれる決定打であるということがわかりました。


尚、氣と整膚の松本に現存している氣の柱は、能力者などの人間が意念イメージでつくりあげたものでないため、大自然の神氣の柱といえます。より多くの人々に体感して頂き、その恩恵を得て頂きたいと思います。


しかし、打算的に計算高い人、損得勘定で生きている人、人を容姿、学歴、仕事、地位や住んでいる家、乗っている車、来ている服や身に付けているものや食べているもの等々で分け隔てして見ている人、自分の感じたこと、見たこと、聞いたこと、勉強してきたこと、考えていることが正しいと思い過ぎている人達は、神氣と繋がれないか、繋がっていても非常に浅いものとなります。


現代人の多くや、表舞台で派手に活躍している人達の多くや、現在様々なことに悩み多くて生きるのが辛い方々には、このような傾向が多いため、やはり神氣との繋がりが浅く薄いか、場合によっては途切れてしまっていることがあります。いわゆる、せこく狭い心で自分のことしか考えていない、思えない人達は危ないということです。だからこそ、ご自身の心を強く明るくやらかく大らかにしていく必要があるんです。

 

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7年前からお見えのアメリカ人のご主人は、私から氣功を習い、家族に毎日やっていましたが、ある時アメリカに住んでいるお母さんが危篤状態になった時、遠隔で一時救われたそうです。先日久しぶりに家族でお見えになりましたが、氣功を続けていて、私どもと繋がっていたためか、より幸せな素晴らしい家族になってきました。

 

体験談ブログをご参照下さい。

整膚学園地域整膚師養成教室「整膚論」中等科を受講された方の体験談 東京都・女性 2018年1月