氣は神様

何年も前から、特に遠隔をしていての結果が私から見ても「えーっ、ほんとなんかい?」といったような事例が相次いでいて、明らかに私ではない何かがやってくれていると感じていました。


私はほぼ何もしないような状態なのに、考えられないような結果が出ています。体験談ブログに載せさせて頂いているのもその一部ですが、もう何年も365日年中無休で一切やらない日はなく、毎日遠隔し続けています。


ほぼ何もしない無の氣功は、他の気功とは全く違うものです。だから、気功とは言えないかもしれません。そして、うちにお見えになるお客さんの動向を見ても、深い感謝を表される方々が非常に増えてきていますが、このこととは逆に、来づらくなっている方々もいらっしゃることを感じています。


謙虚になるほどに幸せになれるため、感謝も深まり、感謝も多くなりますが、ほとんどの治療家、気功、セラピー等々の先生方は、人様を楽にしてあげたいといった優しい気持ちと同時に、人よりも上に立って、自分の力、知識、技術を見せつけ、優越感に浸りたいといった気持ちがあるため、普通の人よりも邪気を多く発生させているような気がしています。人を支配したいといった気持ちが少しでもあると、邪気を発生させます。


まずは、自分自身に癒しを行うことで、とことん心底その良さを実感し続け、何よりも毎日それを実践し続け、良さを確信し、深めていくことが一番大事な大前提となります。


自分自身に癒しや治療をせずに、なんで人にできるのか不思議です。明らかに、そういった先生方は仕事としてお金を稼ぐ以上に、人の上に立って自分の力を誇示して優越感に浸りたいことが、善い人、善い先生の仮面をかぶってチラホラ見え隠れします。人を殺害するといった凶悪犯罪の中にはこういった側面があるような気がしています。


すべての人は命として見たら平等であり、その価値は全く差がないのに、人間は勝手に上下関係をつくり、権威を作り、力を誇示し、力のないものはそれにへつらうように生きている人々が多いです。


私はこの両方とも木っ端微塵に粉砕したいです。そして、一人のただの人間としてだけで生きたいです。


だから、自分がやって、自分の与えられた体(命)に対して、素晴らしく効果のあるものだけをお勧めしたいんです。治療家の先生方は、教えてしまうと皆さんが自分でできるようになってしまうと、自分の所に来ないばかりか、お金だけじゃなく自分の力を誇示して優越感に浸りたいといったことを満足できないために、お客さんが力と技を身に付け、自立することを阻んでいます。だから、先生なり治療院なりに邪気が溜まるんです。


氣は神様ということを実感して、体で感じて頂くことで、より理解が深まるかと思われます。


先日も曇り空のなかサーフィンをしていて、今までにないくらいの大きなピカッと光る光を沖に見ました。自己氣功している時、私の家に現れた氣の柱のような神様に意識を合わせると、より強く氣を感じます。


整膚を志した年に、具体的に目に見えたり、より強く感じたりすることで、そういった癒しの神様のような存在が、存在していることを実感し続けています。


具体的に私の所にこの存在が現れた時に、私もものすごく癒されたので、すべての家に行ってほしいと願いながらもうすぐ4年になります。整膚の徐堅先生は仏様の導きと常々おっしゃっていますが、このことへ理解を深めることは、やたら技術に走るより、はるかに大事なことだと思います。


すべての人の健康と幸せをどれだけ純粋に思えるかは、自分自身が実際に実体験していることと重なると思います。


酒を飲みながらよく新沼謙治のふるさとは今もかわらずをテレビ録画と一緒に歌いながら、しょっちゅう涙を流していましたが、その私のふるさととのご縁の復活が様々な形で表れてきていることにも夫婦共々驚いています。と同時に、私は福島の原発事故などで故郷を離れなければならなかった方々の強烈な孤独、悲しみをよく感じています。


氣も心も体もあやつり、コントロールしないほど、健康に幸せになれます。飲食や睡眠や運動等々をあやつり、コントロールしないほど、健康に幸せになれます。


言葉巧みに言葉でもって人の心をあやつり、コントロールしようとする健康や癒しの先生方も多いです。自分だけでなく、すべての人の心をあやつり、コントロールしないほど、健康に幸せになれます。


だから、私はお客様から頂いたメール等々は非常にありがたく、感謝いたしますが、こちらから特別なことがない限り、できるだけご連絡しないようにしています。次回の予約勧誘等々はできるだけしないようにしています。友人知人等にも余り連絡しないようにしていますので、個人的な携帯電話は持っていません。


人間関係もすべて氣イコール神様の導きが良縁であって、その他は悪縁なので、神様の導きにまかせたほうが良さそうです。ただし、開運と称して神社仏閣に詣でてお札や御朱印巡りをしたり、結界を張っていやしろ地にしたり、風水等々することは、すべて自分や自分の家族が安全で得をすることだけを考えているため、良いことがあったら、後々必ず悪いことがあるためにそういったものには一切関心がありません。


神様といったって、姿かたちがわからず、名前を付けようもないので、人知を超えている力といえます。人間が考えられるありとあらゆるすべてのことを超えているからこそ人知を超えた力といえるんです。


古今東西、人為的作為的に人間関係を良くしたり、運命を変えるとかいったような方法は一切やらないほうがよいと、長年ものすごくたくさんの人を見てきて、自分もやってみてよくわかりました。


押したり、もんだり、鍼を刺したりすると邪気が増えるのに、もともと丈夫だったりして、氣に余り敏感でない方々はわからないようです。


体験談ブログをご参照ください。
精神的な心の好転反応(続き) 四国・男性 2017年11月