誰でも自分の手で健康に幸せになれるわけは、愛があるから

誰でも多少の愛情不足で生まれ、育ちます。不足のほうにばかり囚われている人は、さらに自ら愛情不足となり、不幸になります。生まれ育ちが少ない愛情でも、自ら愛情を増やそうとしている人だけが幸福になれます。この真実だけが本当のことであって、愛がなければ絶対にどんなことをやっても、信じても、崇拝しても、幸せになれないです。


気功を長年されていて、一時プロになろうとした人がしばらくお見えでしたが、私が整膚をやり始めた途端にお見えにならなくなりました。その方の奥さんは多少の精神疾患の傾向があるのに、ご主人は自分には一生懸命気功しても、奥さんにはやらないようでした。


私のことを何か気功の達人か、天才かのように勝手に思っていた人達も、私が整膚をやり始めた途端、お見えにならなくなりました。私の知り合いで、長年鍼治療をされていた人は、精神疾患で廃業したそうです。


これらの人達はすべて愛が足りない、愛を育み、増やそうとしていません。ご自分の愛を育み、増やそうとしていないです。そうすると、整膚を拒否したり、やっても効果が上がりにくかったりする傾向があるようです。


セルフ整膚はご自分の体に向き合いながら、心を整え、集中力、洞察力、ひらめきなどを増しながら、幸せになっていけます。日々刻々と体は変化するため、整膚をした時の感覚は常に違います。


この感覚を味わい、感ずることが絶対に必要ですが、効果が上がりにくい人は、ただ機械的に、感じる感覚を無視してされていたりしています。当然、愛は育ちません。


無の氣功は何度も記してきたように、名前がないほうが本当はよくて、ただ手を当てるか、かざすかで、その感覚を感じ取る訓練を自己氣功や遠隔、施術の繰り返しで同時にできます。


とにかく、その繰り返しにおいて心と体、人間関係などの変化を感じ取っていく繰り返しで、それを観察して見つめていくことの繰り返しです。ただこれだけです。


で、食べたり、飲んだり、寝たり、排泄したり、笑ったり、悲しんだり等々の繰り返しの人生の楽しさ、喜びを味わい深くしていくほど幸せになるため、愛が自然と育まれ、増えていく自分を自然に感じ取れるようになるでしょう。


だから、大上段に構えて愛だ、愛だと叫んでも、絶対に上っ面の嘘の愛になることは、例えば、広島に原爆投下した人はキリスト教の儀式をした後に投下したことなどでもうかがえます。


30年以上前のトランスパーソナル心理学の故・吉福伸逸さんの話では、アメリカなどの禅や瞑想センターなどのグル、導師もすべからく金と女まみれだと話しています。そこまでいかなくても、現代でもやれ愛だとか、幸せだとかを言葉の世界で説きながら、それを聞いた人々はいかにも自分自身に愛が増えたとか、愛に触れたとかいっても、一時的であることは私も繰り返し実体験してきました。


だから、私は私の言葉に癒されたとか、気づかされたとかいう人のことは信用していませんし、私は言葉で人を説得したり、納得させようとすることはできるだけ避けて、私の体を使って黙って無の氣功と整膚を繰り返し繰り返し実践していくことのみをしています。


氣功だけでは絶対に健康に幸福になれません。気・エネルギーなどの目に見えない世界の操作だけで健康に幸せになれると勘違いしている人々が多いですが、私の体験では、気・エネルギーを人為的作為的に操作、コントロールして操るようなことは反作用があり、その反作用で大変になって、お見えになる方々がたくさんいます。


一時的にいくら良い結果が出ても、それに目がくらんで、さらにやろうとすることで、気功師、お客さんが後々副作用のようなもので大変となり、お見えになられます。


また、自分が受けていた、習っていた先生方が倒れられたり、入院されたり、早死にされたりして、お見えになられる方々もたくさんいます。


余りにも多くの方々が目に見えない世界に期待し過ぎて、何かをやろうとし過ぎですが、私は何もやらないほうが良いことを膨大に体験してきました。だから、一応、無の氣功という名前にしました。


押したり、もんだり、鍼を刺したりは、長年やることで健康を害して不幸になることを徐堅先生は言い続けていますが、当然、整膚の徐堅先生だけでなく、他のたくさんの治療家の先生方も言い続けています。


私の所にも、押したり、もんだり、鍼を刺したりで体を痛めてお見えになる方々がいます。治療家の方々も本当に愛があれば、これらが有害であることがわかるでしょうが、愛よりもお金や権威に対する恐れや余分なプライドが邪魔して、なかなか押すのではなく引っ張るほうに転換できないようです。


私は自分や家族、長年お見えのたくさんのお客様に整膚を実践し続てきて、明らかにこれらのことが真実であることを再確認し続けています。